世の中で囁かれる美徳みたいなものについて
※個人の考えです
①貯金について
まあ、そりゃある程度貯金はあった方が有事の際に安心はしますし、貯金の目的にもよりますよね。
・何か少し高額なものを買うために、旅行するために等使う予定に向けて貯金するのか
・ただ単に将来に向けて(例えば子供を産みたいのであれば子供のためだとか、家族のためだとか)備えとしてお金をとっておくのか
等色々あると思いますが、あまりにも貯金を美徳化しすぎて貯金する人が増えて(貯金しなければならないんだと縛られてしまって)
市場にお金が回らないと、経済活性化しないんですよね。
なので、私はお金をバンバン使って所謂贅沢品を買う、贅沢品で潤うのはむしろ良いことだと思いますね。
ただし消費者金融、闇金などに手を出してまで消費に走るとなるとまた話が違ってくるとは思いますが。
例外を除き、それによってお金の回りが良くなれば文化の活性化も望めるわけですし、貧困による自殺も少なく出来たりもすると思うので、
我慢しろ、節約しろと牽制するのではなく、もっと平均賃金の水準を上げればいいのでは?と思います。
ただ、こちらも税金となればまた話は違ってきますね。買い物と違ってこちらは義務として納めている、悪く言えば強制的に取られているものなので、税金に関しては使い方はしっかり精査する必要があるかと思いますが。
今の状態って完全に格差社会になってしまっていて、お金あるところではお金がガンガン回るけれどもお金ないところにはとことん回っていない。
つまり富の再分配が上手くいっていないので、このままだと格差は広がる一方だと思いますね。正直格差が縮まる気配は見えないし、今後さらに格差拡大していくのではないでしょうか。
ただ今って、人件費=コスト、減らした方がいいものと認識されがちなので、先ずはこの前提から見直さないといけない気がしますね。
お金がないからコストかけたくない(かけられない)→コストカットされる人(給与を減らされる人、最悪タダ働きさせられる人)が増える→格差拡大、っていう負のスパイラルになる気がします。
あと本来どこの給与を上げるべきなのか(例えば看護師、介護士、保育士等のケアワーカーは命を預かっている仕事という認識がされておらず、ボランティア精神に依存したり子供と遊んでるだけと軽視されたり…実態にもっと踏み込んで改善すべきだと思います)
どこにもっとお金が行き渡るべきなのか、も同時に考えるべきかとも思いますし、はっきり言ってこのままケアワーカーの低賃金問題を放っておいて、これからの超高齢化社会どうするつもりなんだろう?と疑問に思ったりしますね。
随分話がそれましたが、要するにこのご時世にバンバンお金使う人はもっと褒められるべきだし、子供や若者にもっと投資(お金を使う)した方が良いと思いますけどね。
利権目的の税金の無駄遣いを除いてお金の巡りは良い方が良いですし、贅沢品買える人が増えてお互いにえーそれ可愛い!みたいにワイワイ出来る方が素敵というか豊かというか、そんな気がします。
②美容整形について
自分はカジュアルに賛成派です。むしろ反対する理由がほとんどない。
強いて言うなら美容整形ビジネスで悪徳クリニックが増える可能性があることが懸念点かなーというくらい。弱みにつけ込むみたいな。
単純に自分が抱えるコンプレックスを解消(スキンケア、化粧みたいなもの)して自分の気持ちが明るくなるならそっちの方がいいじゃんと思っています。
それか本当に景気づけみたいな感じで、自分の気分を上げるために外見から整えていくっていう方もいらっしゃると思うので、まあ整形前と後の好みはそれぞれあるかと思いますが、常に自分が良いって思うものを選択し続ければいいんじゃないですかね?
が、親からもらった顔に傷つけるなんて、と仰る方もいらっしゃると思いますし、やはり昔よりは随分浸透してきたもののいいイメージはあまりない方もまだ多くいらっしゃると思いますね。
これに対しては一言、その思想信条は否定しないが、それなら人の顔に文句つけるな。ですね。
文句言われてコンプレックスになるから、化粧でもカバー出来ない部分は整形で、となるのが基本だと思うので、陰口は仕方ないと思いますけどせめて直接言うのはやめませんかってなります。
外見の好みはそれぞれですけど、その人が納得いくようにすればいいんじゃないでしょうかね?
あとは個人的には刺青も同じような感じです。
③手作り料理について
これは別に手作りでも外食でもその人の生活スタイルに合う方を選択すれば良いのでは?としか思いませんね。
作るのは母親でも父親でも或いは両方でも良いんじゃないですか?作れる方が作れる時に作って、お互い面倒くさいねっていう時は外食すればいいわけで。
もちろん家族のために料理をするというのも素晴らしいことですが、飲食店もお客さんのために料理してるんで、結果誰かのためにという観点では同じなんですよね。
手作り料理は愛情が〜っていうのは結構根深いと思っていますが、これについて考えた時に確かにそうなるのかなって思った理由としては
・その人が健やかに過ごせるように栄養などに気を配る
・その人が好きなものをその人的にベストな味加減で作る
後何かありますかね?確かにこう思うと料理と愛情が結びつくのもわからなくはないです。
ただ、これが母親なら料理しろとか、父親でも父親なら仕事行けとか、「母親なら料理して当たり前」「父親なら仕事して当たり前」っていう風に当て嵌めようとしてしまうのが(性別で役割が決まってしまう)良くないのでは?と思っていて
別にバリバリ働く母親でも料理と育児が得意な父親でもその人達同士のやり方でその人達の関係が成り立っているならそれでいいじゃん、と思いますね。
まあここから女性の社会的な立場とか諸々に繋がっていくんですけど(そう考えると全く別問題って思ってたことでも意外と繋がりがあったりする)キリがないので、今回はここで。
理屈っぽくて申し訳ないですが笑、どうしてもお互いの最大限の利益(幸せ)を考えたらロジカルに考えざるを得ないんですよね。
自分も人も幸せになりたいが自分の指標なので、先ずは自分の精神的余裕を確保してからでは人とどう幸せであれるか?をバランス取って調整する感じです。
とはいえ、常に気を張ってロジカルにロジカルに(まあ相手を不快にする発言は絶対にしないという意味では誰に対しても気を張っていますが、全く苦ではない)というわけではないので悪しからず。笑
感情だけで幸せになれたら楽なのですが、現実そうもいかないことを知っているので。
そりゃ私が例えばハウラちゃん好き好き言ってて自分は幸せなんですけど、まあそれで相手も幸せになってくれるならなんてことはないですが笑、対人だとそうもいかないですからね。
まあ、あくまでも自分の考えなので、そりゃ各々で育った環境も何もかもが違いますし各々に思想信条(譲れないもの)はあるでしょうから、こんな奴もおるんか…みたいな目で見ていただけますと幸いです。
規範や世の中の常識的なものに縛られず自分の頭で考えることは今後も継続していきます。