momomo1124’s blog

好きなものなどひたすら壁打ちしています。

シン・エヴァンゲリオン 個人的解釈整理

雑多な個人的解釈置き場です。

 

※作品のネタバレ要素を含むため、ここから下閲覧ご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*ラストの駅のシーンについて

これは究極、私は各々が感じたものが真実説を推します。

好きに解釈してくれ、それがあなたの真実だということ。

 

それが当作品が伝えたかったメッセージの一つであるように感じましたし、どうとでも解釈出来るような描写は意図的なのかなと感じました。

 

私はどのカップリングが〜というよりも、

そもそも恋愛関係が究極の救いである関係性だとは思っていない(事実自分が最も救済されたと感じた相手とは誰とも恋愛関係にはなっていないため)ので、

そういう私の価値観フィルター込みでの解釈になります。

ただ個人的には当作品ではシンジ(エヴァ)を通しての、シンジとパイロット達の関係性は個別に見ていくとそれぞれ特徴があって考えさせられるな、くらいの感覚です。

 

話それましたが個人的な解釈を。

とはいえ解釈の余地が無限にありすぎてこれだと1つには絞れないと思ったので、いくつか。

 

①単純にシンジの願望が反映されたもの

そもそもシンジはネオンジェネシス(エヴァのない世界の書き換え)した当本人、

その前のレイとの会話で今までのことを無かったことにはしないようなニュアンスの台詞があったため、シンジの中でエヴァを通して知り合った人の記憶は保持されている。

シンジが駅で目を覚ましたシーンでDSSチョーカーがついたままだったのがその証拠なのかなと感じ取りました。

(マリ以外のパイロットはシリーズ本編で肉体が無くなっている(死別?けど肉体自体はクローンとしてあるので微妙なところ)描写あり)

 

単純にパイロットが人間としてみんな元気でやってるといいな(もしくは本当に生命が有限且つオリジナルの個として、人間としての生を与えた可能性もあり?)みたいな。

 

いやそれならミサトさんらもいて欲しかったが!?とも思いますが、ミサトさん(加持さんも?)に関してはシンジが両者の死と意思を受け入れ、受け止めることが出来た(喪失を受け入れられた)から敢えて映さなかったのかなー。

 

②アダムス・使徒リリスという概念が消えている=エヴァがない(必要ない)世界になったことを強調するため

カヲルは当シリーズ(新劇場版)でアダムと言及はされておらず、あくまでも第1の使徒(且つ第13の使徒)という設定のため、カヲルはアダムと断定は出来ないですが使徒であるということはカヲル本人も言及していた。

 

元はといえばエヴァンゲリオンって使徒殲滅を目的として開発された汎用ヒト型決戦兵器ですが、使徒(アダムスの器たるエヴァも含む?)がいなくなれば必要ないですよね。

 

シンジがエヴァのない、人間が人間として生をまっとうできる世界を望んだので、

そもそもアダムスとリリスという区別すら存在しない(する必要がない)=エヴァのない世界、

カヲルとレイ(らしき人、顔ははっきりと映ってはいなかったが)がアップで写ったのは、

アダムス(使徒、自律型パターン青のエヴァ)とリリス(リリン、レイ?)=(エヴァが開発されたきっかけとなったもの)を象徴するもの、

カヲルレイがなんか仲良さげに話してたっぽいような描写なのは、もうかつてのようにアダムVSリリスみたいなエヴァが必要な世界じゃなくなってるぜ〜!(人類が存命かけて人ならざる未知の生命体と戦う必要なくなってるぜ〜!を強調するため)

って感じなのかなと。

 

補足しておくと、

個人的にはレイの姿が後ろ姿だったのは、あれは黒プラグスーツのアヤナミレイ(仮称)(以下黒波)なのか白プラグスーツの綾波レイ(以下ポカ波)なのか、はたまた両方の要素を持った綾波レイなのかは個人の判断に委ねられているのかなと

 

レイ救済シーンでシンジがレイ(おそらくポカ波の方)に対し「もう一人の君は〜(黒波のこと)」と言っていて、

ポカ波はシンジと握手する前にロングヘア→ショートヘアに戻っているので、シンジの中でも綾波レイという存在は若干曖昧なところがある(そもそもどっち波なのかとの判断すること自体が必要ないこと?)のが反映されていたのかなと思いました。

しかもネオンジェネシス時に、母親(ユイ)をあれは…綾波?と勘違いしてるし(ただあれは初号機にいたのがレイだったので、綾波まだ初号機にいたの?という意味とも捉えられるのでなんとも)

 

どちらの説にせよ、私としては単純にシンジの心象風景なのかなっていう感じだったのと、

マリがシンジのDSSチョーカーを外し捨てずにポケットに入れた=思い出は捨てなくて良い、エヴァのあった世界の記憶と共にこれから生きていってくれ!みんな達者でな!

的な、どちらかというとこっちの方がメッセージとしては伝えたいこと(制作側からの遠回しのエール)だったのかな、と解釈しています。

 

まあ繰り返すようですが、究極その人の解釈がその人の中での真実だと思いましたね。

逆に二次創作の余地を広げてくれたとも言えるかなと。

 

 

あと、レイカヲルは個人的にはカヲル単推しという目線でも付き合ってるとか結婚したとかではないんじゃないかなーと…

そもそも劇中にそういう恋仲的な描写が無かったので個人的にはあまりピンと来なかったですかね。

ただもしかしたらシンジがネオンジェネシスして現実世界に戻る間に何かしらの関係が出来た可能性も勿論あると思います。

 

まあ、付き合ってる・夫婦になってるってその人が見えたならその人の中での真実なので!

 

私としては普通に付き合ってもない結婚してもない異性と駅で話すことを経験してるので(逆に異性と恋仲として駅で話したことがないw)、

男女が話してることと恋愛絡みの関係があることはイコールにはならないかなと感じたまでです。あくまでも私の中での解釈に過ぎない。

繰り返しますが、その人が恋仲的に見えたならその人の中での真実ということで。

 

あとシンジの心象風景と考えると、カヲルにゲンドウ、レイにユイを投影して、またあの二人が出会える世界でありますように、と願ったというのも人によってはあると思いますしその人の中でそれが真実なら否定は出来ません。

創作物かつ完全に解釈委ねられてる描写ですからどうとでも映りますし。

 

ただ個人的には、自分がシンジの立場で心象風景を映すとしたら、

13号機が初号機を抱きしめて自らに槍を刺し、ゲンドウのいう神ゴロシの意味が理解できた時点で両親とはさようならしますね。笑

要は親離れ。

私がシンジならレイはレイ、カヲルはカヲルの個として尊重し、流石に両親の投影はしないかなーって位です。レイはレイとして、カヲルはカヲルという個として生きることを望むかなって。

まあこれは各々の育った家庭環境にも解釈は左右されそう。

 

ですがカヲルに父親の片鱗を見たシンジ、レイと母親を見間違えてるシンジが劇中で描かれているので、そう見えるのも可能性の一つではあるのかなと感じます。

 

アスカが単独だったのは、アスカは根源にあった欲求を認識して満たされたからこれからがスタートだ(実際私も根源的な欲求を認識し発散した受け止めてもらえた時点から人生始まった感出たので)

ということを表したかったのかなと。

アスカが持っていた欲求って本来子供のうちに満たされるものだと思うので、

その欲求が満たされ大人になったアスカはこれから様々なものを掴み取っていける無限の可能性を示唆したものかなと。

 

何度も言いますが、その人に見えた真実がその人の真実なのでどの解釈も否定する気は無いです。

 

個人的にはネオンジェネシス後も皆シンジと出会い対等な人間として仲良くなってたらいいなあと思いました。