momomo1124’s blog

好きなものなどひたすら壁打ちしています。

双翼のディパラトゥーレ 感想①

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ついに来ましたね。

グラージャの起源はずっと気になっていて、もっと前からプレイされていた方は双翼のレスレクティオリリース時から、私は闇リティシア実装時から(当時はプレイしていなかったため)心待ちにしていました。

 

気になっていた歴史を紐解いていく興味深さもありながら、宗教や祈りといった言葉の意味やそれらの本質的な目的等まで踏み込んでいたところが個人的には良かったのではないかと思いました。

同時に人間って良くも悪くもこういうものだというところも描かれていたのも良かったですね。

何事も表裏一体だと思っているし、自分の都合良くはいかないと思っているのでこういったタイプの物語は好きです。

 

後は終わり方が良かったですね、誰か一人に永遠に頼り続けるのではなく、ちゃんと誰かが引き継いでいく世代交代的なものは私は必要だと思いますよ。

前の人がずっとやってくれていれば良かったのに…とか変化を嫌う人もいるのも承知の上ですが、人間誰しもいずれ老いて死ぬので世代交代は必要不可欠ですし、これからを生きる人がさらにこれからを生きる人のために世の中を変えていくことが必要ですからね。

 

とにかく今回の列伝は良かったと思います。

関連列伝も併せて読むと更に良く感じられそうですね。

 

関連列伝は、

・双翼のレスレクティオ

・吹雪舞う蒼の原風景

・救世の真理と天帝の誓い

ですかね。

 

今回はポイントに絞って感じたことを書いていこうかと思います。

※ここから下、ネタバレとも捉えられ得る内容も記載しておりますので閲覧ご注意下さい※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

①人間無理し続けてたら死ぬこともある

今回はリティシアの心情の葛藤で、おそらくリティシアとしては神子様と絶対的なもの、絶対的に民を守ってくれるだとか祈られる(頼られるともいえるかと)対象で、リティシアは国民の声に応えようと必死に幻獣を追い払ったり国民のために燭台を使ってまで頑張り続ける一方、

心のどこかでこれはいつまで続くのか、いっそのこと全て投げ出して楽になりたいという苦しみも抱えなかったことはないと思います。

それは要所要所のリティシアも人間だから、という言葉通り、大体の人間は無理し続けていたらいつか壊れます。

 

何事も無理し続ける(自己犠牲し続ける)のが美徳のように思われますし、そうじゃない自分になんとなく負い目を感じてしまうことも確かにありますが、

辞めることや引き継ぎ、変化させることも尊重されるべき選択なのではないでしょうか。勿論、何があっても続けている人も素晴らしいですが。

 

今回の列伝は何事も一人で無理し続けることが正しい選択とも限らないことを肯定しながらも、リティシアの想い続けてきたものは受け継がれている(リティシアの頑張りも尊重されている)ところが良かったと思います。

何があっても続けられない奴はダメだと言われなかった感じが自分には心地良かったですね。安心したというか。

 

②マニがマグメルに力を分けた理由

これは、個人的解釈ですが光(愛する国民のために自分を犠牲にしてでも国を脅威から守り続けたいという思い)も、

闇(人々から寄せられる期待が自分にとって重く感じられることもあり投げ出したい、それは許されないのかという気持ちであったり、だらだらしたいといった感情や我儘な感情)も、

人間なのだから自分の中にある相反する感情とも共存して生きていこうという意味でマニはマグメルにも力を分けたのかなと私は捉えました。

 

人間なのかというワードがところどころにありましたが、人間ですし生きてて楽しいことばかりではないですよね。

辛くて仕事を辞めたいとかどうしようもない悲しさや怒りが湧いてくることもありますが、

それは他者に否定する権利はなく自分自身の中で今後も共存させながら生きていくしか無いですよね。人間である以上は。

それが(良くも悪くも)人間らしさでもあるというのが伝わってきたのが良かったです。

 

③宗教国家とは

宗教というとちょっと恐れ慄いたり、怖いというイメージがあるという人も多いと思うのですが、そんなことはないというか、人の信仰に対し他人が口出しする権利はないです。

ただし履き違えるとある過去の事件のようなことが起こりますが(もちろんそれに限った話ではないですが)、個人的にはあれは信仰ではなく洗脳だと思っています。あと、人の信仰心を悪用する悪徳ビジネスもそうですね。

 

この列伝では宗教や祈りというものに対して根本的にじゃあそれらってどういうこと?と投げかけており、且つ言葉の意味と行動の理由まで掘り下げた上で否定的でなかったのがとても良かったと思います。

自分はこの列伝での描かれ方に賛同しますが、この辺りは各々の宗教や祈りに対するイメージ次第で反応は分かれるでしょうね。

誰かに縋りたいという思いって誰でもとは言いませんが少なくともある人は多いと思うんですよね。それ自体も決して悪いことではないけれども、じゃあそういった感情を抱えた上でどうする?というところで↓

 

④理想的な国の在り方

この列伝の舞台である国、宗教国家グラージャの国としての在り方は私も理想ですね。

やはり支え合う(歩み寄る)っていうのがキーになっているのではないかなと思います。個人的には国単位ではなく個人個人との付き合いにもあたるとも思っていますが。

 

社会って一方的じゃ成立しないし、させてはいけないんですよね。人間同士なので。

絶対的な答えがないからこそお互いに精査していく必要があるんですよね。だから今でも環境問題、人権問題、国際問題、労働問題、挙げたらキリがないほど至る所に問題がある。きっと今後も問題がなくなることはないですね。

それに伴って法律だって時代に合わせて変えていかなければいけないので、絶対的な答えは正直ないです。

 

ただそれでも一人でも多くの人が安心して生きていける社会にするように国があるんだと思います。

誰も取り残さないのは無理なのはわかりきっていても、それを理由に仕方ないと諦めるのとそれでもどうにかしようとするのは訳が違います。

 

個人の経験によって個人個人命の価値だとか生きてる意味みたいなものは違いますが、憲法で定められているいない関係なく一人一人が安心して生きていける社会であって欲しいですね。

 

余談ですが、この年齢になって綺麗事って空想的な理想じゃなくて叶えていくもので、それはつまり現実と向き合っていくということなのかなと思うようになりましたね。逆にそんなの無理無理と諦めさせようとする(冷笑する)ことの方が残酷なのかなと思ったりします。

 

 

とりあえずこんなところで、元気があればまた印象に残ったところのスクリーンショット載せて噛み砕いていこうと思います〜

オウロンの今後予測の変更プラン

今月の新列伝、双翼のディパラトゥーレ拝読しました。

個人的には良かったと感じましたが、流石に列伝公開日のネタバレは避けたいので後日ゆっくり感想を書きます。

 

 

それにあたり、一つ非常に身勝手ではありますが問題が発生しまして

 

 

↑以前書いたオウロンの今後のシナリオ願望と今月の列伝の主に伝えたいメッセージが見事に被っていると感じ(勿論オウロンは出てきませんが、伝えたいこと自体は似ているという認識でいます)、

流石に同様のメッセージはオウロンの今後では出してこないだろうと予測しているので急遽代案を考えました。

こちらも私が勝手にやっていることで、公式から列伝がリリースされるまでの超個人的妄想垂れ流しにすぎないので、引き続き生暖かい目で見てください。

 

 

代案として望むことは、タイムリーな問題として弱者(と呼ばれる人々、ドールもギルサニアから見れば弱者的立場に該当すると思います。

これについては列伝:暁の守護者と炎のレガリア参照)が声を上げることでいわゆる"炎上"する件に関して、

弱者(ドールの民、マイノリティ)は生かされているだけ強者(ギルサニアの民、マジョリティ)に感謝しろといったような、ギルサニアサイドは無自覚な強者>弱者構造にオウロンはとっくに気付いていて、それでもオウロンに連帯し声を上げ続けるドールの民達に対し、

アストリアが自らが強者という立場(大国ギルサニアの皇子であるため)に疑問を感じながら強者と弱者とは、大国の一皇子としてどう振る舞うか、自身の持つ強者性との付き合い方に悩むが、

ハウザーは依然として弱者に用はないスタンス(弱者の置かれている状況を気にせずに済むというマジョリティ側の特権を自覚していない)、

ここでオウロンブチ切れ、ハウザーとオウロンの軋轢が発生。

 

ハウザーは努力もしない、人に頼ったままで自分は何もしない弱者に用はないとある種そういう個人的な問題もある側面を訴える一方、

オウロンは人身売買されドール産の武器等も持っていかれ、学ぶ機会も金も奪われ続けてこんな環境じゃそもそも努力なんてできやしねえだろと社会的な(広範囲の)側面を訴える。

ここで両者のベースになっている価値観(前提)の違いを炙り出して欲しいですね。

弱者は自己責任だと考えるのか、社会にも責任があると考えるのか。

 

ネットでの炎上って大体問題点が共有されていないから起こることだと思うので(意見し合ってる人同士まずお互いの前提から食い違っていると感じます)、これはハウザー派かオウロン派で考えが分かれると思うんですが、どちらとも考えるきっかけにはなると思います。

 

※私は"炎上"と言われているものは社会への問題提起と捉えております。ネットで様々な人が否定的な意見を声を上げる人に対して投げる現象が"炎上"だと考えており、炎上という行為自体に関してはあまり肯定的には思えません

 

あとは、オウロンの怒りというのが大事だと思っていて、ここは崩してほしくないところです。

何故かというと、先人達の怒りや闘争によって私は選挙権も得ているし、今働けているし、高校大学にも行けたと思っているからです。

女性の権利の歴史を学ぶと、いや女性の権利に限ったことではないですが(学生運動等も含む)乱暴とされるやり方だったとしても先人達がこう闘ってきたことで今私が恩恵を受けられていると思うんですよ。

 

そりゃやんわりと相手の懐に入りながら交渉していければ一番理想的ですが、差別感情というものはそう簡単に動くものではなく、結果炎上という形で叩かれながら注目を集める方法しか世間に声を届けることが出来ない。

例えばオウロンがギルサニア(イシュハルト)に対し、ドールの子供達の人身売買やめて頂きたいのですが、とやんわりとイシュハルトに伝えたところで、イシュハルトは人身売買をやめなかったと思うんですよね。

あとはアストリアもオウロンの襲撃がなければドールの子供達の人身売買問題も知ることがなかったと思います。

なので、オウロンやドールの民の怒りを否定しないで欲しいですね。むしろ怒りのパワーから革命につながると肯定的に怒りを描いて欲しいです。

現にオウロンは怒りゆえにギルサニアの人を殺すという暴力はしていないわけですし…

 

燭台を絡めるとしたら、オウロンが怒りのあまり、怒りの先を見誤ってしまうこと(怒り故に幻獣化し人を見境なく殺すこと)ですかね。

ただ、確かに怒りという感情は本当に全ての破壊と紙一重ではあると思います。そういう側面もあるかと。

それでもここでやっぱり怒ることって良くないね、大人しくギルサニアの言うこと聞くのが一番だってするのではなく、オウロンが本来抱いていた怒りの先に望んでいたものをドールの民が思い出させて燭台に手をかけるのを止めて欲しいし、連帯することの底力を表して欲しいですが、ここばかりは本当にどうなるかわかりませんね。

個人的にはここでリュウイの魂を受け継いだ子孫がオウロンと真正面からぶつかり合って欲しいですが、どうなるか。

 

最終的にはオウロンはドールの民の連帯を心強く思い、ドールの民も今後もオウロンに頼り切るのではなく連帯してドールの未来を明るくしようと奮闘するのと、

ハウザーがそんなドールの民の姿を見て少しでも弱者に対する考えを改めるきっかけになれば良いのですが、まあ物語はまだ続いていくと考えたらハウザーはそう簡単には考えを改めないかな、と思います。

そうなると最終的にはアストリアとハウザーが国の在り方を巡ってまた闘うことになりそうですが、

アストリアは自身の特権を自覚しながら、そうではない人達とどのように共生していけるのかということを模索して欲しいですね。

 

要するに

  • 怒りを否定的に描かないで欲しい
  • 弱者が声を上げると我儘だ、強者に感謝しろとなる構造に対しメスを入れる
  • 弱者の置かれている環境の過酷さをなるべく伝えて欲しい(人身売買、財も武器も奪われたこの状態で努力しろと言うのは酷で、先ずは環境を整えるべきということ)
  • オウロンとハウザーの視点(そもそもの前提)のズレの描写
  • アストリアが自身が特権階級にいることで気付けなかったことをオウロンきっかけで気付く描写があって欲しい
  • 怒ることの意味(怒るという手段を取らざるを得なくなっている状況の原因を探るというところまで)
  • オウロンの幻獣化はやめてください

 

こんなところですかね。

まあ本当に昨今のネットや社会の風潮を受けての個人的な妄想垂れ流しです。自分ならこう物語を作るかなといったくらいの感じです。

オウロンに対しては自分の信念と重なるところもあって、私にとってとても大事なキャラクターなので思い入れが別格であり、ついこのような真似をしてしまいました。

 

ただ、公式設定はユーザーの意思では変えられないので、公式でリリースされた作り手の方のメッセージを受け止めることから始めますよ当然。作り手の方のお考えもあるわけですから、まずはそこを把握することに努めます。

 

こういう妄想好きなのでまた垂れ流すと思いますが、先ずはこの後は今月の列伝の感想書きます。結構ボリュームあると思いますが、まあ、いつものことなので…笑

 

とりあえずオウロンの幻獣化はどこまできても反対です!!!!!

また同じ話をしている気がする。

何かの事件があった時に、被害者側へのケアは最優先ですが、加害者側のケアも同時に必要だと思っています。

 

昨今、加害者はネットで晒されて叩かれてご近所からも排除されて終わり、これの繰り返しで、どうも加害者側のケアがあまりされていないように感じるんです。

 

私が加害者側にもケアが必要だと思う理由は、加害者を排除して終わりではなくケアをすることで加害者自身が抱える問題につながって加害者自身が初めて自分自身と向き合える(自分の新しい一面を知る)可能性があり、それで自分との対話を進めていくとだんだんことの道理や自身の認知の歪みがわかってくるのかもしれないと。

加害者自身に変化があれば、微々たるものかもしれませんが犯罪につながらないケースも増えるかもしれませんし。

 

こんなのあくまで理想論で、実際現場で働く方々は現実を知ったうえであいつらは何やってもダメだよって言うかもしれません。救う必要ないし、死んでもらった方が楽と思うかもしれません。

 

最近、加害者家族の支援のネット記事や書籍が気になっていますが、やはり圧倒的に少ないですね。

ただ、ここで加害者を糾弾して晒して終了じゃ何も解決に向かわない気がします。加害者に向き合ってこそ本質的な問題解決につながるのではないかなとも思います。

勿論被害者側のケアを軽んじているのではなく、同時に何をやったら犯罪はなるべく減らすことが出来るのか?というところで、加害者側の考えについても掘り下げる必要があるのではないかと考えています。

 

これについては、無意識な社会的圧力(例えば女は子供産めとか男は働けとか)が個人を苦しめている(好きでこの性別になったわけではないが性別的役割を押し付けられることで苦しむ人がいる)とか、そう言う問題も関わってくるので、実は加害者個人的な心の闇だとかそういうので片付けられる問題でもない気がします。

 

まああとはネットでもリアルでも他人を攻撃せずにはいられない人の心理とか勉強していますね。

対処法と心理、ストレスとの関係とか、そのストレスの根源はどこなのか、とか

あとはずっと人を殺すという判断をするまでに至る人は気になってますね。個人的にはどう考えても損しかない(友達とは遊べなくなり、好きなものも食べられなくなり、一人でゆっくり出来る時間もない…)と思うのですが、そんなのゆうに上回る程の感情ってことですもんね。

 

これは個人的な恨みなのか社会への反抗なのかケースバイケースですが

 

とにかく、加害者だ!排除せよ!だけではなんの根本的解決に至っていない気がするんです。

加害者をネットで叩いて晒しあげて暴言吐いてスッキリ、で終わる問題じゃないですからね

 

いじめを学校以外のところに訴えて被害者を守りながら加害者の家庭環境とか価値観にも触れて、その人が渇望していたもの、心から憎んでいたもの、感情を知るというところまで踏み込まないと、何も変わらない気がするんですよね。

 

まあ、いくらネットでも被害・加害者の実名出したり家族に中傷したり、要するに必要外のことまでを晒し上げること(ネットリンチ)をやめるのがまず必要なことだと思いますが、ここまで加害者を総叩きにする風潮、そしてネットでなら尚更相手の顔も見えない、匿名性があるため叩きやすい性質である以上、ネットリンチは無くならないでしょうね。

こういったこと(加害者総叩き)は果たして正義なのか?と日々感じています。

 

社会にも責任があるし、個人にも責任があると思います。社会の構成員である自分にもです。

ただ自己責任論を押し付けるのではなく、現実に基づいてどのような社会問題として捉えることができるか。そして自分に全く関係ないとは思わず、自分ごとでもあると認識できるか。

犯罪は他人事だとはどうしても思えないんですよね。

何が引き金になるか自分でもわからないので。

 

今後も何か犯罪が起こる度に考えることになると思いますが、この癖は行動のヒントになることも多いと思うので辛くなろうとも続けます。

 

被害者意識ってなんだろうというお話

ここ最近、被害者意識みたいなものについてよく考えます。

 

この線引きって本当に難しいと思います。

側から見れば明らかな加害(いじめ、恐喝、脅迫、暴力等)から、無意識的な差別(というのも、本人は自身が差別などしていないことに気付いていない場合が多々)等は、

被害側は明らかに身体的・精神的なダメージを受けますよね。

ただ、加害側は加害をしているという意識なく加害に加担している場合が多いです。

そもそも加害の意識があるならば暴力も振るわないし悪意のある言葉も避ける等、加害リスクはなるべく避ける人が多いと思いますしね。

 

 

個人的に難しいなという点が、それは流石にどうなんだろう、ということで加害者に仕立て上げられてしまうことなんですよね。

例えばそうですね、人身事故による電車の遅延に対し駅員さんが悪いと怒鳴る人とか、痴漢を注意されてそういう格好してた方が悪いと逆切れする人とか。

 

とは言え、何でもかんでもそれはどうなの?と言うつもりは微塵もありません。

自分が人に無意識的に嫌な思いをさせてしまったとしたらそれは直ぐに謝罪する必要がありますし、

何が悪かったのか、何が原因だったのか(自分の認識の甘さであったり、その人にとってのトラウマを抉ることや個人的に言われて嫌なことを言ってしまったり)というところまで掘り下げて自己の認識を改め、二度とそういうことをしないように心掛ける必要があります。

 

ですが、それでもどうしても納得いかないこともあるんですよね。ここが難しいところで。

勿論私も先ずは状況を把握しようと努力はしますし、基本的には謝ることの方が多いです。

あとは自分の加害性を常に見直すこと。これは普段から意識的にやっています。

が、何か一つの出来事に対し受け取り方や感じ方は人それぞれなので、本当にその人と接してみないとわからないんですよ。こればかりは。

 

私は暴力も脅迫もするつもりないので(仕事柄そのような行為はいかに避けるべきことであるかを重々承知しているため)明らかな加害はしないですが、差別とか発言ってどうしても人によって受け取り方が多種多様なので、

そこは本当に最低限のラインだけは守る(その最低限のラインも常に見直し、学び直していますが)ことしか出来ないんですよね。

 

なので、本当に自分が加害に加担しないよう意識的に気を付けることと、

社会的な加害・被害というものをなるべく学んでおき加害は避け、被害を受けたと思った場合にその都度適切な処置が出来るよう備えておくこと、

まあ要するに何が加害で何が被害なのかを常に見直し続けるということですね。

 

私は仮に被害を受けたと思った場合(勿論被害を受けるリスクは避ける努力はしますが、他人はどうにもならないので場合によっては警察、弁護士を通すことも視野に入れておく必要があります)、

先ずどうして被害を受けたと思ったのかをロジカルに説明出来るようにしておきます。それでも通じなければ第三者を介します。

私的な問題であれば当人同士での和解を目指しますがね。

 

しかしこの辺り、本当に捉え方が個人個人で異なるので本当に常に一人一人と向き合うしかないですよね。

私は特に余計な一言を言いがちなので、簡潔に伝える且つそもそも自分が話し手にならない、積極的に聞き手に回る等の対策はとっていますが、一生この辺りは意識し続けるでしょうね。自覚があるので。

 

結局のところ、加害・被害について常にアンテナ張っておくしかないというか、自分の判断力を磨いていくしかないですよね。

被害者意識持つなとか言われないためにも、何でもかんでもお前が悪いと言われ理不尽に目を瞑らないためにも、無意識的な加害者にならないためにも。

 

 

少し脱線しますが、私は長年仲良い人ほど貶すことはしませんね。

リアルで仲良い友達はもう大体付き合い長いので貶すところがそもそもないのもありますけど笑

よく冗談言い合えたり貶し合えるのが本当に仲良い証拠とか言いますが、自分はそれができないんですよね。価値観と関係性は人それぞれでですが、仲良いほどその人の良いところを素直に言います。

親しき仲にも礼儀ありスタイルは一生崩さないですが、なんか堅苦しいとかそんな気遣われるのダルいって思う人もいると思うので、

かといって私は礼儀持って接してるのに!と言うつもりもありませんし、うーんここは難しいですね。笑

 

 

とりあえずここ最近はオウロンの公式供給が多くホクホクしています。

気分は最高です!!!!!!!!!!!!

オウロン別属性とストーリーの続き待ってます!!!!!

世の中で囁かれる美徳みたいなものについて

※個人の考えです

 

①貯金について

まあ、そりゃある程度貯金はあった方が有事の際に安心はしますし、貯金の目的にもよりますよね。

・何か少し高額なものを買うために、旅行するために等使う予定に向けて貯金するのか

・ただ単に将来に向けて(例えば子供を産みたいのであれば子供のためだとか、家族のためだとか)備えとしてお金をとっておくのか

等色々あると思いますが、あまりにも貯金を美徳化しすぎて貯金する人が増えて(貯金しなければならないんだと縛られてしまって)

市場にお金が回らないと、経済活性化しないんですよね。

 

なので、私はお金をバンバン使って所謂贅沢品を買う、贅沢品で潤うのはむしろ良いことだと思いますね。

ただし消費者金融闇金などに手を出してまで消費に走るとなるとまた話が違ってくるとは思いますが。

 

例外を除き、それによってお金の回りが良くなれば文化の活性化も望めるわけですし、貧困による自殺も少なく出来たりもすると思うので、

我慢しろ、節約しろと牽制するのではなく、もっと平均賃金の水準を上げればいいのでは?と思います。

 

ただ、こちらも税金となればまた話は違ってきますね。買い物と違ってこちらは義務として納めている、悪く言えば強制的に取られているものなので、税金に関しては使い方はしっかり精査する必要があるかと思いますが。

 

今の状態って完全に格差社会になってしまっていて、お金あるところではお金がガンガン回るけれどもお金ないところにはとことん回っていない。

つまり富の再分配が上手くいっていないので、このままだと格差は広がる一方だと思いますね。正直格差が縮まる気配は見えないし、今後さらに格差拡大していくのではないでしょうか。

 

ただ今って、人件費=コスト、減らした方がいいものと認識されがちなので、先ずはこの前提から見直さないといけない気がしますね。

お金がないからコストかけたくない(かけられない)→コストカットされる人(給与を減らされる人、最悪タダ働きさせられる人)が増える→格差拡大、っていう負のスパイラルになる気がします。

 

あと本来どこの給与を上げるべきなのか(例えば看護師、介護士、保育士等のケアワーカーは命を預かっている仕事という認識がされておらず、ボランティア精神に依存したり子供と遊んでるだけと軽視されたり…実態にもっと踏み込んで改善すべきだと思います)

どこにもっとお金が行き渡るべきなのか、も同時に考えるべきかとも思いますし、はっきり言ってこのままケアワーカーの低賃金問題を放っておいて、これからの超高齢化社会どうするつもりなんだろう?と疑問に思ったりしますね。

 

随分話がそれましたが、要するにこのご時世にバンバンお金使う人はもっと褒められるべきだし、子供や若者にもっと投資(お金を使う)した方が良いと思いますけどね。

利権目的の税金の無駄遣いを除いてお金の巡りは良い方が良いですし、贅沢品買える人が増えてお互いにえーそれ可愛い!みたいにワイワイ出来る方が素敵というか豊かというか、そんな気がします。

 

②美容整形について

自分はカジュアルに賛成派です。むしろ反対する理由がほとんどない。

強いて言うなら美容整形ビジネスで悪徳クリニックが増える可能性があることが懸念点かなーというくらい。弱みにつけ込むみたいな。

 

単純に自分が抱えるコンプレックスを解消(スキンケア、化粧みたいなもの)して自分の気持ちが明るくなるならそっちの方がいいじゃんと思っています。

それか本当に景気づけみたいな感じで、自分の気分を上げるために外見から整えていくっていう方もいらっしゃると思うので、まあ整形前と後の好みはそれぞれあるかと思いますが、常に自分が良いって思うものを選択し続ければいいんじゃないですかね?

 

が、親からもらった顔に傷つけるなんて、と仰る方もいらっしゃると思いますし、やはり昔よりは随分浸透してきたもののいいイメージはあまりない方もまだ多くいらっしゃると思いますね。

 

これに対しては一言、その思想信条は否定しないが、それなら人の顔に文句つけるな。ですね。

文句言われてコンプレックスになるから、化粧でもカバー出来ない部分は整形で、となるのが基本だと思うので、陰口は仕方ないと思いますけどせめて直接言うのはやめませんかってなります。

 

外見の好みはそれぞれですけど、その人が納得いくようにすればいいんじゃないでしょうかね?

あとは個人的には刺青も同じような感じです。

 

③手作り料理について

これは別に手作りでも外食でもその人の生活スタイルに合う方を選択すれば良いのでは?としか思いませんね。

作るのは母親でも父親でも或いは両方でも良いんじゃないですか?作れる方が作れる時に作って、お互い面倒くさいねっていう時は外食すればいいわけで。

 

もちろん家族のために料理をするというのも素晴らしいことですが、飲食店もお客さんのために料理してるんで、結果誰かのためにという観点では同じなんですよね。

 

手作り料理は愛情が〜っていうのは結構根深いと思っていますが、これについて考えた時に確かにそうなるのかなって思った理由としては

・その人が健やかに過ごせるように栄養などに気を配る

・その人が好きなものをその人的にベストな味加減で作る

後何かありますかね?確かにこう思うと料理と愛情が結びつくのもわからなくはないです。

 

ただ、これが母親なら料理しろとか、父親でも父親なら仕事行けとか、「母親なら料理して当たり前」「父親なら仕事して当たり前」っていう風に当て嵌めようとしてしまうのが(性別で役割が決まってしまう)良くないのでは?と思っていて

 

別にバリバリ働く母親でも料理と育児が得意な父親でもその人達同士のやり方でその人達の関係が成り立っているならそれでいいじゃん、と思いますね。

まあここから女性の社会的な立場とか諸々に繋がっていくんですけど(そう考えると全く別問題って思ってたことでも意外と繋がりがあったりする)キリがないので、今回はここで。

 

 

理屈っぽくて申し訳ないですが笑、どうしてもお互いの最大限の利益(幸せ)を考えたらロジカルに考えざるを得ないんですよね。

自分も人も幸せになりたいが自分の指標なので、先ずは自分の精神的余裕を確保してからでは人とどう幸せであれるか?をバランス取って調整する感じです。

とはいえ、常に気を張ってロジカルにロジカルに(まあ相手を不快にする発言は絶対にしないという意味では誰に対しても気を張っていますが、全く苦ではない)というわけではないので悪しからず。笑

 

感情だけで幸せになれたら楽なのですが、現実そうもいかないことを知っているので。

そりゃ私が例えばハウラちゃん好き好き言ってて自分は幸せなんですけど、まあそれで相手も幸せになってくれるならなんてことはないですが笑、対人だとそうもいかないですからね。

 

まあ、あくまでも自分の考えなので、そりゃ各々で育った環境も何もかもが違いますし各々に思想信条(譲れないもの)はあるでしょうから、こんな奴もおるんか…みたいな目で見ていただけますと幸いです。

 

規範や世の中の常識的なものに縛られず自分の頭で考えることは今後も継続していきます。

今更クリプトラクト6周年おめでとうございます

勝手に6周年祝いのつもりその2

 

個人的に今クリプトラクトのストーリー面で一番関心があるのは、オウロンのその後(列伝:暁の守護者と炎のレガリア終盤 オウロンがギルサニアの危機を救った後)ですね。

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この列伝の最後、どう考えても続きがあるでしょうこれっていう締め方がされているんですよね。

尚且つオウロンに関しては今後暗雲が立ち込める感じの締め方をされたまま2年が経過しており、オウロンのその後がどうなるのか気になって気になって仕方ないですね。

 

というわけで、勝手に大まかな願望全開シナリオを垂れ流そうと思います。

尚、もしも安易に幻獣化(若しくはフェイロンが出てきた以上ゾンビ化も十分あり得る)させられるようなことがあれば……

さて、どうしましょうかね(拳スタンバイ)

 

まあ冗談はさておき、早速大まかな個人的願望全開シナリオを垂れ流します。本当にざっくりですが。

※あくまでも個人的な願望に過ぎないため、生暖かい目で見守っていただけますと幸いです※

 

 

・オウロンが高らかに笑いながら「オレにはこんなもの必要ねえんだよ」と燭台をぶっ壊す展開←個人的には一番アツい

ついでに「あんなバケモノ程度に、オレが負けると思ってんのかよ?」リターンズも切望←個人的にオウロンの好きな台詞No. 1なため

 

なぜこのシナリオを望むのかというと、兎にも角にもオウロンには幻獣化して破壊衝動に従うだけの強さ(無敵な人のような)は似合わないと私は思っているので、幻獣化になる事態だけは避けてくれといった感じですね。

あと、これは二次元のキャラクター相手だからこそ許される発言なのを前提に、オウロンには強さというものを改めてノアかハウザーどっちでもいいですけどどちらかに問うキャラクターでいて欲しい(アーク側の立ち位置希望)からです。

 

何よりフェイロンの二の舞は避けて欲しいというか、幻獣化(フェイロンのゾンビ化は厳密には違いますが、自我の消失=死とみなし私の中では幻獣化とゾンビ化は同様のものとして扱います)させてお涙頂戴展開は絶対嫌なんですよ。

 

オウロンの死とか美化出来ないほど悲しいし、かつてフェイロンは国を守るのと引き換えに死を選択しましたが、また同じ展開になったら結局不遇の国は不遇なままその歴史を繰り返すだけっていうメッセージにしかならず、

いや、1000年前と同じじゃん、としかなりませんし、そのようなメッセージを創作物が展開することに意味があるとは思えません。

 

逆の見方をすれば、人は同じ過ちを繰り返すというメッセージになりますが、それってわざわざ作品というものを通してまで伝えることか?と思います。

 

シナリオの方向性としては、感動もの以外はウケが良くないとしても大罪監獄アルカトラズ系のグッとくるところもありながら背中も押されるタイプを希望します。

 

とにかくオウロンの幻獣化だけはやめて頂きたいですね。せっかくここまで積み上げたオウロンという重要なキャラクターを崩すことはして欲しくないです…

 

物語に波を作るんだとすれば、列伝:鉱国の翔龍と英雄の歌・英雄の歌と暁の平原、フェイロンの図鑑文にあったように、本来ドールの民の懸命さに英雄龍(当列伝ではフェイロンですが、図鑑文を見る限りオウロンにも該当する点があったため一応オウロンも)が応えて、ドールの窮状を救い、ドールの民も救ってくれた龍に恩返しするような相互扶助的な関係で成り立っていたはずが、

オウロンがドールの民から頼られ過ぎて、期待を寄せられ過ぎていて(とりあえずオウロンがなんとかしてくれる、逆にオウロンが全力を尽くしてもなんとか出来なかったらオウロンが責められるといったような)

本来のドールの民が懸命に生きることを放棄してしまい、オウロンにすがってしまっている且つ国の窮状は変わらない状態にオウロンが責任感ゆえに悩み苦しみ、燭台を手に取ろうとしてしまう、という流れもあり得るかと思います。

 

ただ、ここで懸念なのが、現政権のようなやることなすことがとにかくズレているようなことをオウロンがしていると話は変わってきてしまうので(そうなるとオウロンがドールの民から批判されてもおかしくない状況になるため)、

オウロンはドールの民の命を守ることに全力を尽くしていることが前提であって欲しいのですが…この辺りは繊細な描写を希望します。

 

そこでもうなんならアストリアハウザーフィリックス達がドールに駆けつけるでも良いんで、燭台を手に取るオウロンを止めて欲しいんですよね。

若しくは現代に甦らせられたグウェンドゥラムがフェイロンの魂を持った個体という前提で(おそらく英雄ゾンビ召喚師みたいな奴が今後出てきてもおかしくないので)、オウロンから燭台を奪い破壊するっていうのでもアツいですけど。

グヴェンドゥラム対オウロンとかあり得たりするのかなあ。

 

で、アストリア達がドールの歴史をドールの民に伝えて、オウロンに何かあったら自分達(アストリア達)も止めるから、ドールの民も協力してくれって諭すシーンがあっても良いのかなとも思いました。

 

この辺りもひたすらドールの民に自助と我慢を要請させるのではなく、自助公助の互いの努力の末に世の中が良い方向に動いていくっていう描写であって欲しいですね。

 

これが救ってくれた龍へのお礼というか、本来のドールの相互扶助的な姿を表することになると思うんですよね。

個人的には相互扶助的な生き方は互いの努力無しでは成り立たない為(人間は同じ過ちを繰り返すだけというメッセージよりは中身があるかと)、こちらは変わらず伝えていくメッセージとして機能するように思います。

 

ラストはオウロンがドールの民と平穏に過ごしながら、オウロンが一粒の涙を流したらもう私は号泣しますね。ここは普段の勝ち気なオウロンらしくなさが逆に光るところだと思います。

まあですけど順当にいけば、いつも通りのオウロンで祭りだ酒飲み明かすぞって言って平和に終わる(オウロンの心から嬉しそうな全力スマイルが見れるのもアリ…あ〜迷いますねここ)かもしれないですね。

 

余談ですが、リュウイ、クァンシィ、リンシャン誰かの子孫っぽいキャラが出てきたらアツいですね(特にリュウイ)

特にリュウイな理由は、最終的には良かったねみたいな感じになったものの、様々な点で不完全燃焼っぽい描写の方が私的には強く印象に残ったため、当時のリュウイの雪辱を晴らすためにさらに一皮剥けたリュウイジュニアみたいなのがオウロンと共に完全燃焼してくれたらアツいなとか思ったり。

あの時フェイロンの死を止められなかったリュウイと、オウロンの幻獣化を止めるリュウイジュニア(シスターでもなんでも)…我ながらなかなか良い案ですね←

 

あと時代的にフェイロンは魂でしか叶わないですが、フェイロン魂とオウロンの絡みが見れたらもう言うことなしですね笑

フェイロン魂が、初登場時の怒りを制御できず暴れ回る怒り方ではなくて、オウロンに対してそんなもの(燭台)を使うな、またあの時の自分と同じことをするな(フェイロンがシェイドによって殺されゾンビ化したこと)という意味で怒る…うん、これもアツいですね。

 

 

…というわけで散々妄想を垂れ流しましたが、結局は作り手の方次第でそれが公式設定になるため、ユーザーは作り手ではない以上、出来上がった作品に対し感想を言うことしか出来ません。

 

ただ感想は作り手の方の人格まで誹謗中傷する以外のことであれば、仮にひたすらに納得いかない、これはどうなのかという気持ちになったとしても感想は言ってもいいと思うので、ここだけは容赦出来ませんね笑

鉱国の翔龍と英雄の歌並みに向き合い、時には昇龍拳かますこともあるかもしれませんが、まあ、本当にただただ列伝の担当者の方にお任せするしかないですよね。

担当者の方にだって伝えたいことはあるわけですし、それが自分と異なるものである可能性も十分にあるわけで。

一旦はそこを受け止めることからするつもりです。

 

とりあえず、オウロンの幻獣化も回避して欲しいですが、オウロンのその後を描かないままサービス終了も回避していただきたいので、そこもお願いしますといったところですかね。

 

とにかくオウロンの今後をハラハラしながら待ってます!

 

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今更クリプトラクト6周年おめでとうございます

すっかりお祝いが遅れましたが、クリプトラクト6周年おめでとうございます。

 

飽き性な身なので正直ここまで続くとは思いませんでしたが、やっぱりハウラちゃん等好きなキャラクターと出会ってしまった以上、辞められなくなってしまいました。

とはいえ依存的な訳ではなく(正直今はプレイ時間そんなに長くないですし、デイリーミッション未完の日もたまにあります笑)

キャラクターとストーリーから沢山学びと愛情を貰っていて、いい影響を受けているしいいゲームに出会えたなあというホクホクな気分です。

 

今は新しい神話級と推しキャラ関連のストーリーが一番の楽しみですね。

神話級(高難易度)はボス登場ムービーも凝っていますし、キャラデザも良くゲーム性もシンプルなようで奥が深いので(装備等がない、1キャラにつきスキルは1〜2、特殊能力は豊富ですが装備ほど複雑性はないので入り込みやすく、やってみると意外と奥が深くて面白いと思える…気がします)

神話級はおすすめですね。

ただ、面倒臭いと思うか面白いと思えるか否かは結構差が出るかと思いますが笑

自分はそれなりに負けず嫌いなので、試行錯誤して楽しんでます。

 

↑個人的イチオシ登場演出、キャラデザイン(尚クエスト自体は…………まあ、某緑の恐竜よりはマシ)

 

↑シェイドもBGM含めたらかっこいい。

エストはまあそれなりにやり応えありで、個人的には悩ませられてなかなか楽しかったです。

 

推しキャラ関連のストーリーは内容によっては発狂ものですが笑、なかなか普段感情が爆発する機会はないのと人に迷惑をかけずに感情爆発させられるのでたまにはアリだなと思っています。

 

 

前置き長くなりましたが、

ここからは勝手に6周年祝い的なノリであまり推されていない気がしますが個人的には好きな列伝(ただ人に勧めるとなると別問題なため、完全にひと個人の意見として一歩引いてご覧いただけますと幸いです)についてお送りいたします。

おそらく大体の人のおすすめはSNSを見ていると自分のおすすめとほとんど同じな様子なので、あまり推されてないように感じる列伝且つ自分的に好きなところを交えて話します。

同時に好きではあるけれどもなぜ勧めはしないのかも話します。

 

 

※ここから下、列伝内のネタバレ含みます。まだ列伝をご覧になっていない方は閲覧ご注意ください※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早速いきます。

・救世の真理と天帝の誓い

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〜個人的に勧めはしない理由〜

・総まとめ的な立ち位置の列伝であるため、事前に入れておいた方がいい知識、メインクエストを進めたり事前に読んでおいた方がいい列伝が多く、どちらかと言えば初読には不向きと感じたため

・この列伝に関連する他の列伝が一部除き個人的にそこまでいいと思わなかった(好きな方いらっしゃったらすみません)

ただそれらを読んで頂いた上でないと話が入って来づらいため、勧めるまではいかないかなと思いました

・ストーリー自体は王道ものが好きな方にはそれなりにおすすめですが、王道展開をつまらないと感じる方には勧め難くはあるため

・イベントとの関連性は素晴らしいと思いますが、イベントの開催が運が悪いと3ヶ月先になりかねない、

必要素材を集めないと見ることができないストーリーである且つ素材集めの手間がかかるため

 

〜個人的に好きなポイント〜

・アーク(2枚目バナー中央)の台詞が考えさせられる且つ素晴らしいです。キャラの好きな台詞の多さならトップ3には確実に入ります。アーク台詞大全みたいなの辞書にして欲しいくらい。

・アークとノア(1枚目バナー中央の二人)の人間の弱さと強さ(弱者と強者)、社会(人間の集まり)はどうあるべきか、目的に対する手段のすれ違いの描かれ方が本当に考えさせられます。

2000年前という時代設定はあるものの、現代にも現実にも通じるというか人間が一生かけても答えが見つからないテーマであると思うので、現代現実にも余裕でこのテーマは通用すると思っています。

おそらくアーク派かノア派か思考は分かれるか、アークにもノアにも一部共感できる・出来ない部分がそれぞれあるか、様々な方がいるかと思いますがそれを含めて読了後話し合える余地があり、絶対的な正解が示されていないのも良いですね。

・BGMが良いです。個人的には荘厳な感じでかなり好き。

・クリプトラクトでいう原初の時代なので、原始時代を覗いてる感じを味わえます(?)

・ソロモンの人間観察が鋭く興味深いです。自分は人間を俯瞰する行為が好きなのでこういうキャラや設定は結構好き。

・ストーリー自体は王道ですが、アークのキャラクターが良いのでグッとは来ます。

ノアのしぶとさ(執念)はここまでくるともはや凄い、私のハウラちゃんへの思いに近いものがあるように感じる

 

とにもかくにもアークの台詞、アークとノアの様々なすれ違いが一番の見どころだと感じています。

この観点だけでなら俄然勧めたい気持ちは大きいです。

 

・鉱国の翔龍と英雄の歌

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〜個人的に勧めはしない理由〜

・物語の解読に時間がかかる!!!!

多分大体の人はいちソーシャルゲームのストーリーにここまで深入りすることはそうそうないと思うため

・上記に関連しますが重要なメッセージが盛り込まれすぎているため自分の脳みそのメモリを超越してしまい、処理が追いつかない

・わかりづらくなかなか共感はされ辛いテーマであるため、おそらく人間は基本的に共感、感動ベースで物語の良し悪しを判断すると思うので、変人以外には極めて勧めづらい

・扱っているテーマがリアルすぎてファンタジー感がない

・感動する系ではないので良さが伝わりにくい

・ボイス…が……(以下略)

リュウイ、クァンシィは名演ですが個人的に文字面だけの方が魅力は伝えやすいかも、ただ特にリュウイは良い演技してます

 

〜個人的に好きなポイント〜

・全てのキャラ設定から感動させにきてないところまで全てが良く、伝えたいメッセージにおいて無駄なキャラが一人もいないです。

・感動させるというより問いを引き出すような姿勢が私的にはめちゃくちゃ好きでした。感動する系の列伝は他に沢山ありますしね。

・貧困、搾取等かなり現実的なテーマをリアルに描いているため、ファンタジー感がないのが逆に個人的には好き。

それに際してのリュウイの葛藤がリアルで非常に良かったです。

個人的にはリュウイは行動力もあり、リュウイ的優しさは自分の中での優しさと合致したので、リュウイはそれなりに好きなキャラクターになりました。

・サブタイトル「龍は願いを背に乗せて、民のために起つ」という観点で列伝を見るとまあまんまなので普通ですが、

個人的にはフェイロン(バナー中央右)のキャラ設定から紐解いて、いかにして人間は人間となって行くのか?という観点で見たほうが面白く、よりこの列伝の良さと設定の深さを感じられると思いました。

要するに様々な角度から物語を深められる仕掛けが至る所に散りばめられています。控えめに言ってヤバい

フェイロンはめちゃくちゃいいキャラクターだと思います。これはキャラ設定相当悩まれたのではないかと。なかなか出てくる設定ではない気がします。

ここだけでも個人的には一読の価値はあると感じています。

・私達人間にとって当たり前だと思っていたことをフェイロンが改めて問い直してくるため、その当たり前を改めて考える(自分なりに理由を探ることが出来る、問いを立てられる)ことの面白さを知るきっかけになり得そう。

ただ現代、なかなかこういう行為は面倒だと片付けられ逆風なように感じてはいますが私は諦めない

・メッセージが盛りに盛り込まれているので、読めば読むほど良さがわかるスルメ列伝はクリプトラクトでは珍しく、列伝としては異色な立ち位置なのがさらに良い

フェイロンのあらゆる「ズレ」感が物語を読み進めていく上で非常にポイントになります。

人は違和感を感じるから何かを疑問に思ったりするので、違和感って感じるのは実は結構いいことだったりもします(違和感からいじめたり暴言を吐いたり排除しようとするのはナシですが)

・とにかく初読では良さが伝わりにくいのが歯痒いですが、それを逆手にとってシーンを切り取りながら読むと様々な問題について深めることができるため、可能性の塊な列伝だと感じました。

・先程の列伝同様、読了後話し合える余地のある良作だと思います。

 

一言でまとめ切れないですが、強いて言うならば切り取り方によって様々な角度から物語を無限に楽しめる(或いは問題について考えられる)ところが好きですね。

 

私は昨年というかなんなら今までリリースされた列伝の中では一番深掘りして向き合った列伝で、

それでもまだ私が見逃している点はあるのではないかと思うほどの列伝でした。

ちょっとこれはたまげましたね…クリプトラクトの中でも今までになかった感じというか。

捻くれているのでもはや感動させにきていないところがこの列伝の魅力だと感じましたが、あまり捻くれない方がいいと思います。笑

 

 

長くなりましたが、上記2列伝については過去記事でもまあまあ書いているので、詳しくは列伝関連の記事をご覧ください、ネタバレは要注意です。(見る人多分ほとんどいない)

 

何にせよ、6周年本当におめでとうございます!これからも楽しませて頂きます。

 

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