最近思ったんだけど、私は反骨精神で動かされているのかもなあ、と。

 

昔から今でもそうだけど、割と理不尽な扱いをされることが多くて、被害者ぶってるわけではないですけど。

なんとなくそれって、誰にとっても何もいいことなくない?と思ったから人にはやらないようにしよう、って思ったんだけど、

この人にはやらないようにするための原動力って反骨精神からきてるのかな?と思って。

 

いくら勉強するための塾行ってたって、偏差値が60以上あったって、私はこうはなりたくない。って人間沢山見てきた。

 

小学生の時通ってた塾では訳のわからない嫌がらせとかマウンティング(当時からこの人たち何しにきてんの?と思ってたから関与しない&途中で辞めたけど)、

高校の時は、顔がいい女子にはへこへこしてそうじゃない人たちやおとなしい人(男女両方)たちに対しては無駄に上からだったりした男子たちとかさ。笑

まあ色々。女でも嫌な奴いたし。まあ別にそれぞれが勝手にすればいい話だけど。

 

むしろ、そういう勉強が出来るって意味での頭の良さ(もちろん、それはそれですごいことだし、勉強できない=馬鹿と言いたいんじゃないけど。)はあっても、人間的な賢さってのは違うんだな、って学んだなあ。学歴社会ではあるけどもさ。

 

賢さっていうか…人間の質っていうのかな。賢いだけがいいってわけじゃないし。

もちろん勉強が出来る頭の良さと人としての質を兼ね備えている人もいるのもわかってるけど。

 

勉強が出来る頭の良さはあったら良いものだったりあって損はないもの、人としての質は、生きる上で必ず問われるところ。な気がしている。

なお勉強が出来る頭の良さと人としての賢さってのは必ずイコールにはならない。これは声を大にして主張します。笑

上から目線とかではなく、生きてて純粋に感じたこと。

 

もちろん私はちやほやされたり、へこへこされるような人間ではなく、常に下に見られる側だったから、それもより反骨精神に拍車かかってるんだろうな。笑

 

やられて不快な気持ちしかなかったし、そういうのやってくるやつに限って…え??って感じの人たちだったんだよな笑 要は中途半端。何もかもが。

むしろそんなのに見下されてる自分にも腹立ってたし。

 

絶対こいつらと同レベルにはなりたくない、って思う時点で私もその人たちに対して上から目線なんだろうけど。

でもそいつらを直接馬鹿にし返したり下手に構うと同レベルになるから、それはやらない。

勝手にやってろでもお前と同じにはならないから!って密かに自分が成長して対抗していく。

 

もちろん私もまだまだだけど。人として周りに恵まれて成長して幸せになって自分の周りの人たちも幸せにする、みたいな。

 

本当に最近、今の幸せを私はどう作って来れたんだろう(実際は周りの人たちのおかげでしかないけど。)と思って考え直したら、原点はもしや反骨精神か!?と思った。笑

 

あれやられて嫌だった、悔しかったから絶対私はやらない。って思いと、でも私にもきっとそうされた原因があったから、そこを徹底的に追求(例えば、顔がブサイクだとか)して直して、自分は理不尽な扱いをなるべく受けないような人間になる努力もしつつ(まあまだまだなんだけど)、環境を選びつつ。

 

確実に、嫌な奴っていうのは存在しますから。

そんなのに精神状態脅かされるのは癪なんで。笑

それよりも、まず自分が変わるというか、そういうのを相手にしないとかスルースキルを身につけるだとかさ。気にしちゃってるのも自分が原因だしねえ。

まあそう思えば、あとは自分がどうするかってところに自然と行き着くと思うし。

自分も、自分の周りの環境(こればっかりは、素敵な人たちがいてくれるおかげだけど、意外と自分がもがいていれば出会えるもの)も、自分の選択次第でより良いものにしていける。

って気付いた。

 

まあとりあえず私は反骨精神の塊で今後もこういうスタイルでいこうじゃないか、と思ったということ。笑

もちろんそこに支配されるわけではないがね。