momomo1124’s blog

好きなものなどひたすら壁打ちしています。

オウロンの今後予測の変更プラン

今月の新列伝、双翼のディパラトゥーレ拝読しました。

個人的には良かったと感じましたが、流石に列伝公開日のネタバレは避けたいので後日ゆっくり感想を書きます。

 

 

それにあたり、一つ非常に身勝手ではありますが問題が発生しまして

 

 

↑以前書いたオウロンの今後のシナリオ願望と今月の列伝の主に伝えたいメッセージが見事に被っていると感じ(勿論オウロンは出てきませんが、伝えたいこと自体は似ているという認識でいます)、

流石に同様のメッセージはオウロンの今後では出してこないだろうと予測しているので急遽代案を考えました。

こちらも私が勝手にやっていることで、公式から列伝がリリースされるまでの超個人的妄想垂れ流しにすぎないので、引き続き生暖かい目で見てください。

 

 

代案として望むことは、タイムリーな問題として弱者(と呼ばれる人々、ドールもギルサニアから見れば弱者的立場に該当すると思います。

これについては列伝:暁の守護者と炎のレガリア参照)が声を上げることでいわゆる"炎上"する件に関して、

弱者(ドールの民、マイノリティ)は生かされているだけ強者(ギルサニアの民、マジョリティ)に感謝しろといったような、ギルサニアサイドは無自覚な強者>弱者構造にオウロンはとっくに気付いていて、それでもオウロンに連帯し声を上げ続けるドールの民達に対し、

アストリアが自らが強者という立場(大国ギルサニアの皇子であるため)に疑問を感じながら強者と弱者とは、大国の一皇子としてどう振る舞うか、自身の持つ強者性との付き合い方に悩むが、

ハウザーは依然として弱者に用はないスタンス(弱者の置かれている状況を気にせずに済むというマジョリティ側の特権を自覚していない)、

ここでオウロンブチ切れ、ハウザーとオウロンの軋轢が発生。

 

ハウザーは努力もしない、人に頼ったままで自分は何もしない弱者に用はないとある種そういう個人的な問題もある側面を訴える一方、

オウロンは人身売買されドール産の武器等も持っていかれ、学ぶ機会も金も奪われ続けてこんな環境じゃそもそも努力なんてできやしねえだろと社会的な(広範囲の)側面を訴える。

ここで両者のベースになっている価値観(前提)の違いを炙り出して欲しいですね。

弱者は自己責任だと考えるのか、社会にも責任があると考えるのか。

 

ネットでの炎上って大体問題点が共有されていないから起こることだと思うので(意見し合ってる人同士まずお互いの前提から食い違っていると感じます)、これはハウザー派かオウロン派で考えが分かれると思うんですが、どちらとも考えるきっかけにはなると思います。

 

※私は"炎上"と言われているものは社会への問題提起と捉えております。ネットで様々な人が否定的な意見を声を上げる人に対して投げる現象が"炎上"だと考えており、炎上という行為自体に関してはあまり肯定的には思えません

 

あとは、オウロンの怒りというのが大事だと思っていて、ここは崩してほしくないところです。

何故かというと、先人達の怒りや闘争によって私は選挙権も得ているし、今働けているし、高校大学にも行けたと思っているからです。

女性の権利の歴史を学ぶと、いや女性の権利に限ったことではないですが(学生運動等も含む)乱暴とされるやり方だったとしても先人達がこう闘ってきたことで今私が恩恵を受けられていると思うんですよ。

 

そりゃやんわりと相手の懐に入りながら交渉していければ一番理想的ですが、差別感情というものはそう簡単に動くものではなく、結果炎上という形で叩かれながら注目を集める方法しか世間に声を届けることが出来ない。

例えばオウロンがギルサニア(イシュハルト)に対し、ドールの子供達の人身売買やめて頂きたいのですが、とやんわりとイシュハルトに伝えたところで、イシュハルトは人身売買をやめなかったと思うんですよね。

あとはアストリアもオウロンの襲撃がなければドールの子供達の人身売買問題も知ることがなかったと思います。

なので、オウロンやドールの民の怒りを否定しないで欲しいですね。むしろ怒りのパワーから革命につながると肯定的に怒りを描いて欲しいです。

現にオウロンは怒りゆえにギルサニアの人を殺すという暴力はしていないわけですし…

 

燭台を絡めるとしたら、オウロンが怒りのあまり、怒りの先を見誤ってしまうこと(怒り故に幻獣化し人を見境なく殺すこと)ですかね。

ただ、確かに怒りという感情は本当に全ての破壊と紙一重ではあると思います。そういう側面もあるかと。

それでもここでやっぱり怒ることって良くないね、大人しくギルサニアの言うこと聞くのが一番だってするのではなく、オウロンが本来抱いていた怒りの先に望んでいたものをドールの民が思い出させて燭台に手をかけるのを止めて欲しいし、連帯することの底力を表して欲しいですが、ここばかりは本当にどうなるかわかりませんね。

個人的にはここでリュウイの魂を受け継いだ子孫がオウロンと真正面からぶつかり合って欲しいですが、どうなるか。

 

最終的にはオウロンはドールの民の連帯を心強く思い、ドールの民も今後もオウロンに頼り切るのではなく連帯してドールの未来を明るくしようと奮闘するのと、

ハウザーがそんなドールの民の姿を見て少しでも弱者に対する考えを改めるきっかけになれば良いのですが、まあ物語はまだ続いていくと考えたらハウザーはそう簡単には考えを改めないかな、と思います。

そうなると最終的にはアストリアとハウザーが国の在り方を巡ってまた闘うことになりそうですが、

アストリアは自身の特権を自覚しながら、そうではない人達とどのように共生していけるのかということを模索して欲しいですね。

 

要するに

  • 怒りを否定的に描かないで欲しい
  • 弱者が声を上げると我儘だ、強者に感謝しろとなる構造に対しメスを入れる
  • 弱者の置かれている環境の過酷さをなるべく伝えて欲しい(人身売買、財も武器も奪われたこの状態で努力しろと言うのは酷で、先ずは環境を整えるべきということ)
  • オウロンとハウザーの視点(そもそもの前提)のズレの描写
  • アストリアが自身が特権階級にいることで気付けなかったことをオウロンきっかけで気付く描写があって欲しい
  • 怒ることの意味(怒るという手段を取らざるを得なくなっている状況の原因を探るというところまで)
  • オウロンの幻獣化はやめてください

 

こんなところですかね。

まあ本当に昨今のネットや社会の風潮を受けての個人的な妄想垂れ流しです。自分ならこう物語を作るかなといったくらいの感じです。

オウロンに対しては自分の信念と重なるところもあって、私にとってとても大事なキャラクターなので思い入れが別格であり、ついこのような真似をしてしまいました。

 

ただ、公式設定はユーザーの意思では変えられないので、公式でリリースされた作り手の方のメッセージを受け止めることから始めますよ当然。作り手の方のお考えもあるわけですから、まずはそこを把握することに努めます。

 

こういう妄想好きなのでまた垂れ流すと思いますが、先ずはこの後は今月の列伝の感想書きます。結構ボリュームあると思いますが、まあ、いつものことなので…笑

 

とりあえずオウロンの幻獣化はどこまできても反対です!!!!!