泥濘に落ちた雫 感想②
感想シリーズ続きます。
今回は印象的だった台詞について書こうかなと。
ちょっとその前に、この列伝、公開から数日経っていますがなんか自分の中で刺さったものが抜けない感覚がありまして。
それほど自分に響くものがあったからだと思います。そんな作品に出会えて嬉しい限りです。
とりあえずいきます。いつものようにここから下盛大にネタバレを含んでおりますので、閲覧ご注意ください。
今回印象に残った台詞、というかこの流れですかね〜
フェンテ(右の黒髪の女性)は、命を落とす可能性が高い魔族との危険な戦いに次の日出ようとしているところで、
クーベル(左の茶髪の女の子 かつてのフェンテの侍女、つまりお世話係だった人)は、まあフェンテの侍女ですからクーベルにとってフェンテは当然大事な人であるわけです。
そんな人が危険な戦いに出ようとしていると聞いたら気が気じゃないのも確かだと思います。
責任だから、と言ったら、そうか、責任背負ってるもんね〜って流しちゃいがちだと思うんですが(どんな責任かっていうのは各々無意識下では漠然とわかっているのが前提になってるかもですが)
私は責任の言葉の意味を考えることも少ないし、責任ってなんなのかを説明してくれって言われたらなかなか言葉が出てこないなと思って。
フェンテはこの問いになんて答えるんだろうって興味深かったですね。
同時に、クーベルの気持ちもすごくわかる。
ただ、ここではクーベルとフェンテには責任という言葉の重みのギャップがあったんでしょうね。
フェンテは、様々な父や兄等様々な人から、誰かを大事に思う気持ちを剣術とともに受け継いできたから、それを絶やすことはできない、っていうことは、フェンテ自身が後世にも繋いでいく覚悟、それがフェンテにとっての責任なのかなと。
強くても弱くても、誰かの大事な人が当たり前に生きていられる世界、それを作るための力っていうので腑に落ちたというか。
説明上手だな〜って思いました笑
フェンテの、もう大事な人を失いたくない(既に兄、両親を失っていますので)っていう気持ちがより思いを強くしたんでしょうね。
まあもちろん責任の意味もこれに限ったことではないですし、仕事においての責任、親としての責任、自己責任等、その人次第でもありますし状況によって変わってくるものだとは思いますが。
ただ、根本はやはり人がいるから、誰かがいるから責任って生じるものだと思います(完全なる自己責任もあるのでとりあえずそれは置いといて)
仕事においても、人が関わっているからその分責任が生じる。親は自分の意思で子をこの世に産み落としたのだから育てる責任が生じる、等
責任と人との関わり、そして人を守ることっていうのは切り離せないものなのかもなってこの台詞で気付かされました。
だから、基本的には責任って果たすべきものなのでしょうね。うーん、私はフェンテを見習う必要がありますね笑
まあそれと同時に責任を背負うことの重さもあるんですけどね。それ故に責任を重く捉えすぎて背負いすぎる人、放棄してしまう人もいる。でも責任があるから頑張れる人もいる。
みんながみんなフェンテみたいに、立派に責任を果たせるわけではないですからね
自分で背負える責任の程度を自覚するのも大事かもしれませんね。
まあそれはさておき笑
こういうのがあるからクリプトはやめられないですね笑
こういう普段意味がわかっているようで実はそんなに深くわかっていないような言葉について問いかけられるの好きですね笑 改めて考えられるきっかけになる。
他にもあるので徐々に書けるときに書きます〜
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